井上精工社長のずぐだれ日記

株式会社井上精工代表の井上隆が 日々思う(どうでもいい)ことをだらだらと綴っております。

犬が西向きゃ尾は東

実は私、少なからず天邪鬼なところがあります
流行というものにあえて背を向けるようなところもありますし
懐古趣味といいますか、このデジタルな時代にあえて中古レコードなんかを愛するあたりも
自分ながら変わってるというか、奇特な奴だな、と思ったりもします

そういえば、いわゆる「名盤」なんかも
(とかなんとかいって、私の趣味の70年代ロックの話をしますが)
例えばツェッペリンならセカンドか4枚目が一般の認識なんでしょうが私的には3枚目
同様にクリムゾンならファーストなんでしょうが私的には2枚目
同じくイエスなら「危機」なんでしょうが私的には「リレイヤー」
同じくピンク・フロイドなら「狂気」なんでしょうが私的には「炎」
同じく…といくらでも続くわけですが、まぁ、こんな感じです
別に、大衆に迎合したくないとか、意識的な考えなんかこれっぽっちも無いのですが
なんかこう、人とは違う部分に喜びを感じてしまう…やっぱり変な奴なんです



さてさてことわざですが

「犬が西向きゃ尾は東」

何を当たり前なことを!という意味なんでしょうが
私が勝手に裏読みすると

皆が西向くってんだったら、俺は真逆、東を向くぜ!

って、天邪鬼の本領発揮なわけですよ、これが!


そういえば…と、お話変わって…

10年以上前になりますが研修旅行でドイツへ行った時の話です
あるファクトリーの視察をしたのですが
そこの社長が言い放った表現が心に引っかかって、今も記憶に残っております

曰く「誰も釣り糸を垂らしていない池で釣りをしよう!」
曰く「難易度の高いものに特化してピラミッドの上の方で勝負しよう!」

「人と同じことをするのはいや!人から言われた通りするなんてもっといや!」
きっとこの社長も俺と同じ天邪鬼なんだろうな、と思った私でした

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一を聞いて十を知る

「君の言いたいことはもうわかった」
と人が話してる途中でさえぎって
「これこれこういうことだろう、であればこうしなさい」
なんて、すぐに結論付けて議論を終わらせちゃう人がいます

もしくは、人の話の途中も何もお構いなしで
自分の言いたいことだけしゃべって
「君の意見なんて聞いちゃいないんだ」
なんて態度がありありな人もいます

これはいったいどういうことなのか?

そういう人に
「何で最後まで話を聞かないのか?」
と聞いてみると、何のことはない
「話の途中で、その内容や結論的な部分まで分かるから
最後まで聞いている時間がもったいない」
ということらしいです

・・・本当にそうなんでしょうか?

よく「一を聞いて十を知る」という言葉を聞きます
頭の回転の早い人は一の情報だけでその十倍ぐらいのことがわかるということらしいです

でも本当にそうなんでしょうか?

私としては…
結局は一のみの情報だけで
あとの残りは自分の中にある既知のもので補うわけですから
そこに新しい気付きがあるとはとても思えないのです

いじわるな言い方をすれば
結論を、自分のすでにわかっている方向へ強引に持っていっている!
とう見方もできると思います

とはいえ、私も全てを否定する気はありません
時間優先、急いでいる時はそういう判断もアリだとは思います
しかし、時間を気にせず、あるいは時間をたっぷりかけて議論する時は
我慢してでも人の話をしっかり聞いてみることが大事なのではないでしょうか?

十聞いたうち九は
「やっぱりそうだろ、そんなの聞かなくてもわかってるよ」
という内容かもしれません
でも、残りの一つに
「ほう、そういう考え方もあるのか?そういう見方もあるのか?」
と、自分では想像もできない情報があるかもしれないのです

「一を聞いて十を知る」
これもアリなら
「十を聞いて一を知る」
これもアリでしょう

やっぱり人の話は最後まで聞きたいものです

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